天児屋命(アメノコヤネ)は、天岩戸神話で活躍し、天孫降臨にて瓊瓊杵尊に随伴した、古代日本において天皇家の祭祀をつかさどった中臣氏の祖神です。異称としては、天児屋根、天児屋根命、天児屋根神、アメノコヤネノカミ、天之子八根命などとも表記されます。
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天児屋命(アメノコヤネ)とは
日本書紀の一書(あるふみ)によれば、高天原で代々祭祀職にあったとされる興台産霊神(コゴトムスヒ)の子であり、天照大御神(アマテラス)の天岩戸隠れの際に、重要な役割を担う神です。
天岩戸儀礼の日時を決めた天児屋命(アメノコヤネ)
天照大御神(アマテラス)を誘い出すために、思金神(オモイカネ)が周到な準備をしたあと、天児屋命(アメノコヤネ)が布刀玉命(フトダマ)とともに「太卜(ふとまに)」を行い、一連の儀礼を行うのに最もよい日時を決めました。
太卜とは、牡鹿の肩の骨を焼き、そこに入った亀裂(きれつ)の形によって物事の吉凶(きっきょう)を占うもので、きわめて古くからある占いのひとつです。これによって神意をうかがうのです。
儀礼の中では祝詞を奉納
そしていよいよ儀礼が始まると、天児屋命は美しい祝詞(のりと)を奏上して、天岩戸から天照大御神を連れ戻すことに成功します。この場面において、思金神が儀礼を統括する立場であるのに対し、天児屋命は、神官を統括する祭祀長(さいしちょう)的な役どころといえるでしょう。
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)との天孫降臨
のちに天児屋命は、五伴緒(いつとものお)の筆頭として瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)とともに葦原中国(あしはらなかつくに)へ降り、宮廷祭祀をつかさどる中臣連(なかとみのむらじ)の祖先神となりました。
また神武東征に随伴し、大和建国を補佐した天種子命(アマノタネコ)は、天児屋命の孫にあたります。
また、妻は天美津玉照比売命(アメノミツタマテルヒメ)といい、その神名から玉(魂)を宿す巫女であったのかもしれません。
中臣氏・藤原氏への継承
天児屋命の子孫は、宮廷祭祀をつかさどる中臣氏となります。並んで古代の宮廷祭祀をつかさどった氏族に、布刀玉命(フトダマ)の子孫とされる忌部(いんべ)氏があります。
両氏族は、とりわけ天皇の即位式である践祚(せんそ)や大嘗歳(だいじょうさい)で重要な役割を果たしました。忌部氏が即位儀礼に必要な特殊な品を献上したのに対し、中臣氏は中臣寿詞(なかとみのよごと)を唱えました。
時代がすぎるにつれて忌部氏は力を失っていきますが、中臣氏はのちに藤原氏となり、政治の中枢で大きな権力を握ることとなります。
「中臣」とは、神と人との間を取りもつという意味とされる。この神は後代、藤原氏によって春日大社に勧請され、一般には「春日さま」と呼ばれ、親しまれています。
天児屋命(アメノコヤネ)の神格
- 言霊の神
- 祝詞の神
天児屋命(アメノコヤネ)のご利益・神徳
- 国家安泰
- 学業成就
- 出世開運
天児屋命(アメノコヤネ)の別の呼び方・異称
- 天児屋根命
- 天之子八根命
天児屋命(アメノコヤネ)を祀る主な神社・神宮
天児屋命(アメノコヤネ)と関わりが深い神々
天児屋命(アメノコヤネ)は多くの関わりが深い神々がいます。ここでは代表的な神々を紹介します。
神武東征にて随伴した神武天皇についても詳しくご覧ください。